【TAAF2019オープニング上映】ロンドンの片隅に生きる人々を描く「エセルとアーネスト ふたりの物語」

© Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016

イギリスの普通の人々の視点で描かれた戦争と発展

今回は、TAAF2019のオープニング上映である「エセルとアーネスト ふたりの物語」を日本公開よりも一足先に観に行くことができた。上映後のトークショーでは作品プロデューサーであるカミーラ・ディーキンさんやゲストの片渕須直監督にも直接お話しを聞くことができ、より深く作品を味わうことができたので、JAMにて紹介したいと思います。

TAAF2019のオープニング作品として上映された「エセルとアーネスト ふたりの物語」アフタートークショーの様子

「エセルとアーネスト ふたりの物語」は1928年から1971年までロンドンに生きた夫婦の物語だ。原作は、絵本作家レイモンド・ブリッグズ(「スノーマン」「風が吹くとき」)が彼の両親の人生について、赤裸々に綴ったグラフィックノベルである。

下町育ちのアーネストは、労働党を支持する自由な牛乳配達人。政治やテクノロジーに関心を持ち、軽快な調子で話す明るい青年だ。

一方、8人兄弟の貧しい家庭で育ったエセルは上流階級の家庭の女中を務め、何事もきちんとしないと気が済まない女性。労働階級的なふるまいを嫌悪する。成長しパーマをかけた息子レイモンドを見て嘆く姿は、在りし日の筆者母と完全に一致していた。(笑)

二人が懸命に働く日々の中で出会い、恋におち、結婚し、ウィンブルドンに小さな家を構え、最愛の息子レイモンドを授かる。「石炭」から「電気」へと急速なテクノロジーの変革に歓喜し驚きながらも楽しく暮らす3人の家族に、やがてしのびよる戦争の影。四苦八苦しながらも自分達らしさを貫いた夫婦の物語だ。

スーパーなタレントが集う製作陣

監督は「スノーマン」でリードアニメーターを務めたロジャー・メインウッドさん(2018年に他界)。主人公の声を演じるのは、イギリスを代表する名優ブレンダ・ブレッシンさん(『秘密と嘘』カンヌ国際映画祭主演女優賞受賞)と、ジム・ブロードベントさん(『アイリス』アカデミー賞助演男優賞受賞)。エンディングテーマ曲は、なんとブリッグズの大ファンというポール・マッカートニーさんのオリジナル曲と、超豪華な顔ぶれだ。

戦前、戦中、戦後のロンドンの町並みや生活の変化を、映画の時間の流れとともに体験できることができる稀有な作品だ。夢の新築一戸建てに引越し、その室内やバスルームを見て回る二人の幸せなリアクションが実に良い。テレビも日本よりいち早く家庭に登場する。そして当時のロンドンバスや牛乳配達車のデザイン!乗り物マニアは必見です。

本作は公開前ということでもあり、これ以上の内容への言及は控えるが、テーマとして「普通のイギリス人」視点での戦争と当時のロンドンの様子を細かく描写している点で(同じく戦時中の普通の生活を日本人視点で描いた)「この世界の片隅に」(監督:片渕須直)と類似しており、比較して語られる作品になるはずだ。

プロデューサーのカミーラ・ディーキンさん

手描きアニメの存在感は圧倒的

画面上では、街並みや建物、乗り物などのほか、登場人物が着ているジャケットの生地感まで細かく描写されている。さすが背広発祥の地で生まれたアニメだけあり、細かなテクスチャーへのこだわりが見え隠れする。

きっとJAMの読者的には、その制作方法も気になるところだと思ったのだが、トークショーでもその辺に言及されたのですかさずキャッチした。

カミーラさんによると制作については、背景、車などはCGを使っているが、キャラクターと動物は手描きとのこと。日本でもそのようなハイブリッド手法はよく見聞きするが、この映画のテイストは日本のそれとは全く異なる、独特の感覚を覚えた。まるで、動く絵本のように繊細でなめらかだ。

CGで描かれた背景は、原作であるグラフィックノベルを元に、1920年代当時のロンドンの町並みやそこを往来する車やバスが3Dのパースを活かしながらも決して違和感のない自然な仕上がりとなっていて、愛着感を覚える。

またキャラクターの顔はとてもシンプルなのに心情がしっかりつたわるように、演技も細かく工夫されている。おそらく相当な時間と労力をかけて描かれている。日本ではキャラの瞳をキラキラさせたり、目をバツ印にして感情を表すのが、感情表現の定石だが、海外のアニメーターはまずキャラクターの性格をしっかりと掴み、ストーリーや状況にしっかりと絡めた動きを作画することで感情を伝えることが非常に上手い。

グローバルな流れではCGが席巻するアニメ業界において、イギリスでも未だに手描きアニメーターが素晴らしい仕事をしていた。繊細な手描きアニメとそれを生み出すアニメーターの価値と需要は、これからも上がるのではないかという実感がある。

細かい設定に多くの新しい発見

戦争当時の設定考証も非常に丁寧に行われている。ドイツ軍の空爆が始まったころ庭に作られた防空壕のほか、「モリソンシェルター」と呼ばれるテーブルを改造した室内防空壕、疎開する子どもたちが旅路で身につける小道具にいたるまで、画面を通して当時の様子をうかがうことができるのは、非常にためになる。(是非、学校関係でも上映してほしい)

訪英時に戦争博物館にも足を運んだという片渕須直監督

「この世界の片隅に」片渕監督も絶賛!

上映後のトークショーで片渕監督は「日本とは戦後の歴史が全く視点がことなる。日本では戦争は終わったが、イギリスはその後も最近まで戦争していた」とその歴史観の違いを指摘。実際にこの映画を観た後、筆者のイギリスという国に対する印象が変わったのは事実だ。「戦勝国」ということで誤ったイメージや歴史観を持っていたことに気づくことができた。当たり前のことだが、イギリスの人々も戦争に苦しんでいたのだ。

ロンドンという街の中で戦前戦後を人々がどう過ごしていたのかを、あたかも疑似体験するかのようにその時代の空気感を感じられることに深い感銘を覚えた。

原作者ブリッグズにとって、とても大切な作品

本作の製作プロデューサーにはブリッグズ自身も名を連ねている。彼はこの作品をとても大切に思っており、実際に映画制作時には脚本やコンテのチェックから、完成まで自ら監修を行っている。

本作はブリッグズさんの実の両親の物語というとてもパーソナルな内容で、商業的な作品とは別の路線であったため、制作資金の調達には実に7年もかかったとカミーラさんは明かしている。さまざまな紆余曲折を経て出来上がった本作は、あたかも主人公であるエセルとアーネストの激動の人生をトレスしているようだ。

この秋、日本公開。

本作はこの秋から岩波ホールほか全国で順次上映が決定している。

また英語版の公式サイトでは、脚本、絵コンテから作品が完成するまでの過程が公開されている。スタッフへのインタビューや各種資料も閲覧可能なので、公開までの予習をしたいなら合わせてチェックしてみては。

http://www.ethelandernestthemovie.com/videos

 

それでは、また次回。Hasta Luego!

(取材・文 橘 茂生)

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