「ムーム」のアートディレクター、長砂賀洋さんが話す「ムーム」とトンコハウス

「ムーム」とトンコハウスの秘密に、少しだけ迫る….。

堤大介監督とロバート・コンドウ監督、元ピクサーのアートディレクター2人が設立したアニメーションスタジオ「トンコハウス」。「ダム・キーパー」のアカデミー賞ノミネートで一躍脚光を浴びた2人の最新作はCRAFTAR(クラフター)マーザ・アニメーションプラネットと共に制作された3DCG短編アニメーション「ムーム」。原作は川村元気(作)、益子悠紀(絵)による同名絵本です。

現在、海外の数々の映画祭で受賞を続けている「ムーム」ですが、今回はその「ムーム」のアートディレクターを務められている長砂賀洋(ながすなよしひろ)さんに話を伺ってきました。

日本での公開も6月から始まった「ムーム」の話を中心に、その制作中に描かれたコンセプトアートのことからトンコハウスの話、日米の絵の違いや長砂さん自身の事まで幅広くお聞きすることが出来ました。

コンセプトアートとは?

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JapanAnimeMedia(以下、JAM):コンセプトアートとはどういうものなのでしょうか?

長砂賀洋さん(以下、長砂):ムームに沿って言うと、監督からストーリーボードが上がってきて、それをどのようにビジュアルにするか、というところでコンセプトアートは描かれます。雰囲気を探っていくパートですね。

僕が担当しているのはビジュアルの探求を監督と一緒になって行い、それを他のスタッフと共有するために見える形に落としこむという仕事です。

JapanAnimeMedia(以下、JAM):長砂さんが描かれたコンセプトアートをもとにしてキャラや動きを作っていく感じでしょうか?

長砂:アニメーターにもコンセプトアーティストに近い、キャラの動きを探る役割の人がいます。その時、絵から受ける印象で、キャラクターの動きに影響することはあるかもしれません。

JAM:制作ソフトは何を使われるんでしょうか?

長砂:Photoshopで絵を描くことが多いです。堤さんもロバートも一緒です。

「ムーム」と光の表現

コンドウ監督(トンコハウス)によるコンセプトアート

コンドウ監督(トンコハウス)によるコンセプトアート

JAM:事前にムームを拝見したのですが、特に光の表現が素晴らしかったです。

長砂:監督2人がトップクラスのアートディレクターですからね。ライティングに関して特に気をつけていたのは「どうやったら自然に見えるのか」ということ。

アーティストとしてすごく大事なことは、「日常の中に美を見つけること」だと思うんですよ。日常の中の美しさをいかにしてフィルムに出すかということを大切にしています。だから大げさすぎないように。

美しいシーンというのは、みんなの記憶に中にあると思うんです。我々の作品はそういうものを呼び覚ませるようなものになっているのかもしれないですね。

作品作りって自分が普段感じていることを出す作業で、それを他人に解りやすくエンターテインメントとして伝えるということだと思うんです。だから、そういう意味ではあの絵作りは僕らが美しいと感じるものなんだと思います。

JAM::制作時、堤監督やロバート監督とはコミュニケーションはよくされるんですか?

長砂: ムームに関してはSkypeを使い、制作期間中、通常は1〜2回、佳境の時は毎日ありました。

「ムーム」をコントロールするエモーショナルチャート

長砂氏によるエモーショナルチャート

長砂氏によるエモーショナルチャート

(写真:ムーム制作時に使われたエモーショナルチャート。感情の推移を折れ線と色で視覚化している)

JAM:最初にムームを見た時、クラシック音楽のようだ、と思いました。ムームの物語には感情の起伏が表現されています。本編を見た後にこのエモーショナルチャートの存在を知り、ムームではこのように感情が言語化されコントロールされていたんだなと分かり、とても驚きました。

長砂:映画って各ショットにそれぞれしっかりとした意味がありますから、一本の物語としても抑揚が出るようにつくられています。クラシックのようだ、というのがまさにそうでクラシック音楽も一本の音楽として盛り上がるところ下がるところを作っていると思うのですが、ムームもそのように作ってあります。

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長砂:そしてムームの特徴は「一番最後が悲しい」というところ。これはオーディエンス側の心の動きなんですけど、通常よりも下の所で終わるんですね。ちょっと寂しい感じが残る。でもそんなに嫌な感じではない。

監督によるキャラクターデザイン

監督によるキャラクターデザイン

JAM:ムームは「キャラクターの可愛さ」という点が最大の魅力の一つという気がします。キャラクターの可愛さについても言語化されているのでしょうか?

長砂:ムームで参考にしたのは小さい子供の動きですね。可愛さを獲得するためにかなり意識的に作られています。堤さんもデザインを行っていますが、デザイン画の最終決定の絵はロバートです。ロバートの絵って、絶対可愛くなるんですよ。ロバートのデザインにはそのような愛嬌みたいなものが出ているんだと思います。

堤さんが全体の大きな絵の雰囲気を描いて、ロバートがディテールを詰めていくという形です。その中での僕の立場というと、個人的な気持ちとしては2人に勉強させてもらっているという気持ちで、それがたまたま2人の作品を世に出す手助けになっているという感じなんです。それでも僕の絵がチャーミングさの助けになっていれば嬉しいなと思います。

長砂氏によるプロップデザイン資料

長砂氏によるプロップデザイン資料

長砂氏によるプロップデザイン資料

長砂氏によるプロップデザイン資料

長砂:帽子は僕がデザインしました。一枚の絵を作るためにまずは僕が描いて、それに堤さんとロバートが手を加えていきます。

幸運が重なった長砂さんの海外チャレンジ

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JAM:長砂さんは英語ができない状態で渡米されたと伺いました。英語に関してお聞きしたいのですが、コミュニケーションという点ではストレートに伝えるイメージのある英語を使ったコミュニケーションの方が物事が円滑に進むイメージがありますがどのように思われますか?

長砂:アメリカ人の方が意見をはっきり言うというよくある話がありますが、でも僕の印象だとそうでもないんですよね。ちゃんと気遣っている人は言葉を選びながら話しますし。だから言語の問題というより根底にある人間性。ただ英語になると元気になるっていうのはありますね。

JAM:日本語はフラットなのでそうでもないですが、英語って顔の表情を必要とするじゃないですか?堤監督が日本語と英語を喋っている時の表情を見比べると違いがあるなと感じます。

長砂:英語って口の中の筋肉をめちゃくちゃ使いますよね。だから顔の形自体も変わる。

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JAM:長砂さんの姿を見て自分も挑戦してみたい、という人は少なくないと思います。そういう人たちに向けて方法論だったりマインドセットだったりのアドバイスはありますか?

長砂:「海外に行きたいけど、どうすればいいですか?」と聞いてくる方は実際にいらっしゃいますね。堤さんやロバートは無理だけど、僕にならなれるんじゃないかなと思う人っていっぱいいると思うんですよ。そういう人が行動するキッカケになればいいなと思いながらやってます。ただ、僕が2人に出会えたこと、ダム・キーパーに参加できたことはホントに運が良かったんです。

行動することで、チャンスに出会える。チャンスを増やすために行動をする事は、人それぞれのラッキーに出会えるということだと思います。

2人に出会ったのはアメリカに行って半年くらいの時で「そろそろ帰ろうかな」と思っている時期でした。英語も若干分かり始めている時期だったのですが、その時期に2人に偶然出会えたからこそプロダクションに入れたし、たまたま2人とも特に弟子もいない状態でしたので、自分が最初の1人になれた。僕よりも上手い人はいっぱいいると思いますが、たまたまの幸運が重なって2人と一緒に仕事ができているんですよね。

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JAM:長砂さんは基本の軸がブレていないような気がします。

長砂:実はすごい変わってますよ。僕がアニメ業界に入った時って「日本のアニメの美術監督で一旗揚げてやるぜ」って感じだったんですよ。その後色々変遷があってアメリカ人の絵を見る機会が増えたんですが、その時に堤さんの絵に出会って、堤さんのやっていた「スケッチトラベルプロジェクト」でいろんな人の絵が見れるチャンスがあり、それで堤さんの絵が良いなって思ったんです。

僕が一番言いたいのは「やりたいことって変わるんだよ、変わってもいいんだよ」って言うこと。でもただ変わるんじゃなくて、その時その時に真剣にやっていることが大事。その姿勢を持った上で変わるのであれば全然マイナスじゃないし説得力もある。

長砂さんの大学生活

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長砂:僕、根が不真面目なんですよ。大学の授業もあんまり出てなくて、卒業時の成績は殆どCだったんです。だから日本で就職活動をしたんですけど全部落ちて、一年仕事が決まらず実家に帰っていたり。その時はゲーム会社を受けていましたね。その実家に帰っている時に自主制作アニメに参加してそこで美術背景に興味を持ちました。そこに至るまではぐるぐるとしてました。

JAM:とはいえ大学で学んで役立っていることはあるのではないですか?

長砂:どうなんですかね。僕はテキスタイルの学科で学んでましたが、でも結局違うなと。でも色々行動していくと結果として狭まっていきますよね。興味があることはどんどん試しました。服も自分で作ってみたし美大にも入ってみた。どんどんぶつかっていけば分かるもんだなぁ、ということですね。海外に行った事も、もちろんおおきかったです。心の中の景色が増えるということはアーティストにとって重要ですから。

あと海外にいた時に良かったと思ったのが、日本で仕事をした経歴があって、自分が描いた絵があったという事。だから堤さん達もある程度信頼してくれたのかなと思います。堤さんはよく「とにかくアメリカに来ちゃいなよ」という事を言うので、それを聞いて行く人もいるとは思うのですが、学生さんが多いと思うんですよね。さすがに学生だとまだ仕事を一緒に出来るという段階ではないかもしれませんが、日本で仕事をしている人が行ったらアメリカでも仕事を得られる可能性が高いと思いますよ。

長砂さんが影響を受けた美術監督、背景美術への思い

アンドレア・ブラシッチ氏によるムームとルミンのマケット

アンドレア・ブラシッチ氏によるムームとルミンのマケット

JAM:好きなクリエイターにはやはり美術監督が多いのでしょうか。長砂さんが影響を受けた方はどういった方なんでしょうか?

長砂:そうですね…、池信孝さんの美術は今でも思い出します。というのも一番最初に仕事をさせてもらったのが「夢みる機械」だったんです。仕事が決まらない時期にスタッフの募集があったので応募して描かせてもらいました。今思うと池さんの指示は的確だったなと思います。僕はインターネットを通じてやり取りをしていたんですが、池さんの指示を思い出しても沢山描いてあったなと。あとジブリの背景もすごいですね、武重さん、男鹿さん、吉田さんなど。

JAM:ジブリの背景で、たとえば「かぐや姫の物語」などは余白を活かし、日本的な淡い色使いで描かれていますけど、そういった観点から日米の違いは感じますか?

長砂:湿気が全然違うなと思います。絵の中の湿気。ジブリの方の絵には、湿気があるんですよね。日本の空気、日本の気候だからそうなってるんですけど、アメリカの絵を見ると空気中に遮るものがないから光がスコーンと通っている。そういう湿気具合が違いかなと思います。

あと海外の絵は「色温度」をすごく気にしています。例えば太陽光って暖色になるんですけどそういう暖色と、空からの反射光が入っている陰の中の寒色。色の温度はすごく気をつかっています。

JAM:トンコハウスのyoutubeやDVDのメイキング映像からもそういった色の選択をしている様子が見て取れますよね。

長砂:多くの人が感覚で話しているとは思うんですが、実際にそういうことを言語化できている人ってまだ少ないと思うんですよね。色温度がどうとか、物の明暗がどうとか。そのあたり、西洋絵画はしっかりしていて、意識的に学ぶことで言語化も出来るんだと思いますね。

日本とアメリカのアニメ作りの違いについて

堤監督(トンコハウス)によるコンセプトアート

堤監督(トンコハウス)によるコンセプトアート

JAM:日本とアメリカのアニメの違いで言うと、平面か立体かというところが最も大きな違いのように思います。日本は浮世絵の時代からアウトラインがしっかり分かる絵が描かれており、今でこそ陰をつけたりはしますが基本的にはフラットな絵柄ですよね。

長砂:それはそう思います。絵の作り方の成り立ちが違いますね。ライティングの点でいうとほぼこじつけかもしれませんが、日本って曇りや雨が多いのでダイレクトな光で物を観察する時間がアメリカより少ないように思うんですよ。だから日本の絵は平面に描く、といったような発展をしていったのかなとも思います。あと昔ながらの日本の画材が重ね塗りに適さなかったということはあるのではないでしょうか。

JAM:実際のアメリカでの生活から光の違いは感じますか?

長砂:そうですね、全然違います。特にカリフォルニアは晴れてますし、空気がクリアで空の抜けが全然違いますよ。

トンコハウスとSNS

JAM:トンコハウスはSNSを幅広く使われていて、例えばyoutubeにアップロードしてある映像のクオリティがすごいですよね。「ダム・キーパー」の特典映像もそうでしたが、アニメ本編以外の映像もとてもリッチです。

長砂:気づいてしまいましたか(笑)。ソーシャルメディアを使っているのは、みんなと一緒に作品作りをしている気持ちになりたいからだと思うんですよ。というのもトンコハウスってDIY精神を大切にしていて、椅子や壁や黒板など、スタジオ自体も全部手作りなんですね。そういう感覚を制作から注目してくれている方々とも一緒に共有したいという想いですね。

今は週一でトンコチャンネルをやっているんですけど、その配信を通じて制作者自身や制作中の作品を見ると作品がより身近になりますよね。そういった人間関係というか、そういうものを大切にしたいというのが堤さんやロバートの考えでもあると思います。

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インタビュー内でも言及しておりますが、トンコハウスは制作されているアニメーションの素晴らしさもさることながら、youtubeを始めとしたトンコハウスの人々の人柄と技術が見えるSNSも運営されており、こちらもとてもおすすめです。DVD、Blu-rayの特典映像もとてもリッチなものなので、ご購入の際には是非期待して特典映像も見てみてください。

今回は海外から数々の受賞の知らせが届くトンコハウス最新作「ムーム」の話から、長砂さん自身の事まで沢山の話を聞かせて頂きました。長砂さん、ありがとうございました。

(取材:迫田祐樹)

(写真:小路直哉)

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